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2006年 06月 02日
2002年1月8日 段取りくん
 仕事がいよいよ佳境で、早くも今年最大の山場を迎えています。キレイに乗り切らねば。
 で、わりと今回、「段取り」の重要性を再認識させられたりしています。前に校正のことを書いたときにも書きましたが、これも人によって向き不向きがさまざま。でも校正と違って、段取りが苦手だったり下手だったりする人は、往々にして他人とのトラブルを生み出したりしてしまうものです。
 たとえば、昨日交わされた会話。
オレ:「で、その校正はいつ(印刷所から)こっちに届いて、いつまでに返さなくちゃいけないの?」
相手:「うーん、今日印刷所と話したんで、今日…ですかね」
オレ:「今日話したんなら、今日は無理でしょ」
相手:「そうですかね」
オレ:「じゃあ、それは確認して。で、いつまでに戻さなくちゃいけないんだろう?」
相手:「いや、いつまでとかじゃなくて、来たらすぐやらないと」
 これが、オレとその相手だけで完結する仕事なら、「来たらすぐやらないと」で済むんですが、実はこの仕事、他のいろんな人に分担してチェックしてもらわなければなりません。当然その人たちは自分たちの仕事もそれぞれ抱えているわけで、その人たちのためには「いつから始まって、いつまでにやってください」というのをあらかじめ伝えておかないといけません。
オレ:「だって『今からやってくれ』ったって、そのときいない人とかいたらどうするの?」
相手:「ああ、そうですよね」
オレ:「とにかく、印刷所からいつ来て、いつまでの戻しなのかを確認して」
 で結局、今日(この会話の翌日)印刷所から校正(ゲラとかいいますね)が来て、木曜日の朝一(7時)までに戻さねばならないことがわかったわけです。それがわかれば、周りの人に「この間にやってくださいね」という話ができるわけで、そうすると言われた人も心づもりができるから、ちょっと予定を空けておいたりしてくれると。要はこれが段取りなわけです。
 まあ、かくいうオレも、最初の頃は段取りがわからなくて、いろいろと怒られたりしたものです。「今いきなり言われてもできないよ!」とか、「なんでそんなこと、もっと前から言っとかないんだよ!」とか言われました。
 オレの好きな言葉のひとつに、「段取り八分仕事二分」というのがあります。大工さんだかがよく言うことで、段取りが整えば仕事は8割できたようなもんだと。まあ、オレはよく、仕事が全然進まないときのシャレで使うんですけどね。「段取り八分仕事二分っていうでしょ? いま段取り中なんですよ、ガハハハハ」って…これじゃダメ人間じゃないか。まあ、とにかくそれぐらい、段取りっちゅーのは大事だということです。

《4年後のオレより追記》いやホント、段取りって大切ですよ。オレも気をつけます(笑)。

# by zozozokei | 2006-06-02 23:56 | 日常
2006年 05月 31日
2002年1月7日 私信ですまん
 昨年末からやっていた格闘技の選手名鑑の仕事が、年明けとともにいきなり佳境に突入。時間がな〜い !!
 で、おい、友よ。
 やっぱりおまえの出した結論はオレには納得できん。おまえにはおまえの価値基準があって、オレにはオレの価値基準がある。それはよくわかってる。おまえが出くわした思いがけないシチュエーションに、オレが現実に立ったら、オレも弱るだろうと思う。「まあ自分が招いたことだし」という引け目もよくわかる。
 だけどなあ、オレもおまえも、もう30過ぎてんだぜ。
 まあ、30という年齢がどういうものなのか、それはオレにはわからん。オレ個人の状況で言えば、世間一般の「男30歳」からはかなりお寒いものなんだろうし。
 だけどオレたちは、もう学校も卒業した。就職もした(オレは転職も退職もしたが)。親の家を出て、自分たちの働いた金で、自分たち自身の家に住んでる。それはオレたちが、「オレたち自身の人生」を生きていることに他ならない。その人生の道筋を決めるのは、他の誰でもない、オレたち自身だろう。かなり陳腐な表現ではあるが、手っ取り早く言うとそういうことだろう。違うか?
 おまえが発端部分で下した決断は、おまえにしてはものすごいことだと思う。そこに踏み込もうとしたことには、オレは最大限の評価を送るし、どんな支援も惜しまないつもりでいた。それは、おまえが今後の道筋を、自分で決めようとした、そういうことだったからだ。
 ああああ、もういいや、ハッキリ言うか。
 いったん自分で踏み出した道だろ? だったら、そんな下らねえこと(あえてこう言わせてもらう)で後戻りしてんじゃねえよ! それで一生やっていく気か? 
 しかも。そんなしけたことが裏にあったなんて知らずにずっと生きていく人間を、一人生み出そうとしてるんだぜ。違うか?
「いや、それでもいい。それでやっていくのがこれからのオレの人生だ」とおまえが言うんなら、それでもいいや。それ以上は何も言わない。
 まあとにかく、じっくり考えろ。オレが言いたいことは、以上だ。

《4年後のオレより追記》えーと、これ、完全な私信です。ここに載っけるかどうか迷ったが、ま、具体的なことは書いてないので、掲載。これ以上は説明しません。しかしオレ、こっぱずかしいこと書いてるな(笑)。

# by zozozokei | 2006-05-31 23:33 | 日常
2006年 05月 30日
2002年1月5日 ちょっとだけ
 今、夜の9時過ぎです。今から仕事に出かけるので今日は長文を書けそうにありません。でも昨日も書いてないので、短めに書いていくことにします。
 福岡では友達と飲んだりもしたのですが、何だかいろんなところが変わっていて、「もうオレたちの知ってる福岡じゃないね」と言い合ったりしました。まあ、オレたちが福岡で遊んでいたのは高校のころ、ということは85年〜87年ぐらいの話で、15年も前になるのですから、同じなわけがありません(でもにぎやかになった最近の福岡の街は、結局のところ「プチ東京」化が進んでいるだけのような気がして、それはちょっと気になりましたが)。
 それでもひとつビックリしたのは、駅から家に帰る間で、オレたちが勝手に「チベット地帯」と呼んでいた路地のことです。
 行きつけのレコード屋があったのでその通りにはよく行っていました。そこは人通りも多く店も多い「天神西通り」から、ちょっと入っただけのところなのに、すごく寂しい通りだったのです。まるでチベットみたいに人がいない、ということで、「チベット地帯」(いや、チベットの皆さん、すみません)。
 で、そのチベット地帯が、今や竹下通りのようなにぎわいよう。通りの両側におしゃれな店がたくさん立ち並んで、若者たちが重なり合って歩いていました。何というのか知りませんが、おそらく、ちょっとおしゃれな通りの名前も付いているのではないでしょうか?
 ああ、さよなら僕らのチベット地帯。三越ができてもマツモトキヨシができても別に驚きはしませんが、あそこがチベットじゃなくなったことはかなりのショックでした。なんだか、僕らの青春は遠い過去なんだなあ、なんて(このへんは、かなり思ってもないことを書いてますが)。ちなみにその、オレたちが行きつけだったレコード屋も、ご丁寧になくなっていたのでした。本当にさよなら、僕らのチベット地帯。チベットは、僕らの胸の中に生き続けていくことでしょう。

《4年後のオレより追記》何だか放置しがちになっていてすみません。別に、限られた資源を延命しようという意図ではありません。で、チベット地帯。たしか、命名したのは友達のお姉さんだったような。今もすげえ賑わってるみたいです。ああ、オレの青春…(だから思ってもないことを書くなって)。

# by zozozokei | 2006-05-30 23:43 | 日常
2006年 05月 23日
2002年1月3日 103と6と32
 福岡の老人センターに入っている祖母に会いに行った。祖母は、今年3月の誕生日で103歳になる。生まれたのは1899年。3世紀にまたがって生きているわけだ。
 昨年行ったとき、祖母は突然泣き出した。「あんたに会えるとは思わんかった。生きててよかった」と言って涙をこぼした。
 今年は、祖母は泣いたりはしなかった。母に「わかりますか。計三ですよ」と言われると、表情ひとつ変えずに「そうですか、計三さんですか。よろしく頼みますね」と握手の手を差し出した。
 そんな祖母を前に、その三分の一も生きていない若造はどうしたか。昨年も今年も、何も言えなかったのである。そもそも愛想の足りないこの孫息子は、祖母が元気だったときですらあまり会話を交わした記憶がない。祖母に会うのはいつも両親がいるときだったせいもあり、照れくさかったのが一つ目の理由。聞かれた事以外、何を話していいのかわからなかったのが二つ目の理由。まあとにかく、ほとんど会話していないのである。
 祖母は、母が持ってきたおせち料理を、栗きんとんや煮豆やかまぼこを、パクパクと食べた。もうさすがに自分で歩くことはできないが、年齢を考えると奇跡的なぐらい元気である。ずっと曖昧に笑うばかりだった無愛想な孫は、別れるときに「また来るよ」とだけは大きな声で言えた。
 帰省している間に、甥っ子にも会った。こちらは、今年で6歳。春から小学校に入学する。超がつくほど福岡ダイエーホークスが好きで、3歳から習っている空手は大会で優勝するほどの腕前で、わが一族の希望の星である。東京からたまに帰ってきてポケモンやハム太郎の人形焼をくれる謎の叔父さんのことは、最近やっと覚えたようである。
 元日の「筋肉番付」を見ながらビーチフラッグの真似をして、勝手に優勝して満面の笑顔を浮かべるさまは、やっぱりかわいい。のびのび育ってほしいものだと思う。
 今年の誕生日で32歳になる、孫息子であり息子であり弟であり叔父さんである男は、103歳になる母であり祖母である人から、一体何を「よろしく頼」まれたのか。それはやがて、今はまだ6歳になる前の息子であり孫息子であり甥である男の子へと「よろしく頼」まれることになるのだろうか。それともその相手は、まだ他にもできるのだろうか。
 オレは今現在、どこまでもどこまでも中間にいる、らしい。

《4年後のオレより追記》やべ、全然更新してなかった! すんません、再開します。あれから4年、祖母はこの翌年に亡くなりました。甥っ子はもう小学4年生。すくすくと育っています。そしてご存じの通り、昨年“わが一族”には新顔が加わりました。いろいろ変わったけど、オレが中間にいること自体は変わらないなあ。

# by zozozokei | 2006-05-23 23:49 | 日常
2006年 05月 15日
2002年1月1日 日本唯一の怪奇小説作家
 というわけで、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
 掲示板にも書いた通り、実家に帰るとついついたくさん寝てしまうのですが、それでも今日は頑張って、東京から持って帰ってきていた小説を読破しました。
 その本とは、倉阪鬼一郎著『十三の黒い椅子』(講談社)。著者の名前は、以前に『活字狂想曲』を紹介したときに出したことがありますね(誰も覚えてないだろうけど)。
 この人、タイトルの通り、自称「日本唯一の怪奇小説作家」であります。まあ、本屋なんかでは「ホラー」のところに並べられるんですが、自己のアイデンティティーとしては「怪奇小説」であると。このへん、こないだ書いた「ヘビーメタルとハードロック」の違いみたいですが、まあ自称なんで。実際の作品は、ミステリも多い人です。
 俺が読んだのは98年の『赤い額縁』が最初だったんですが、著者紹介を見ると、どうもこれがメジャーデビュー作だったようで、ということはオレはデビュー当時からの熱心な読者、ということになりますな。熱心かどうかは疑問もありますが…全部は読んでないし。
 そんで、この『赤い額縁』。実は、期待したほど面白くはありませんでした。帯の惹句や何かで期待しすぎたというのが実際のとこなんですが、もともとオレが好きではないアナグラム(文字の並べ替え)のトリックが多用されていたのも痛かったですな。中途半端なコミカル風味も、オレ的には減点でした。
 で、彼は長いこと、オレのリストでは「イマイチ作家」に分類されていたのですが、これを一気に覆したのが『ブラッド』。ホラー小説に少しでも興味のある方なら、これは一もニもなくオススメします。ネタバレになるので詳しくは書きませんが、とにかく近年、こんな邪悪なホラー小説は読んだことがありません。これ一作で、彼のホラー作家としての地位は、オレの中でトップに躍り出たのでした。
 続く短編集『屍舟(かばねぶね)』も傑作でした。その後出た数作はまだ読んでないのですが、先日、この『十三の黒い椅子』を本屋で見かけ、久しぶりに買ってみたというわけです。
 この作品、すごく複雑な作りになっています。表紙を開くと、『赤池朗馬・編 十三の黒い椅子』と書かれた中扉。そう、作品全体が、赤池朗馬という架空の詩人が編纂したホラーミステリー・アンソロジーという形を取っているのです。そしてその中で…
 これ以上はネタバレになるので書きませんが、結局のところ感想は、というと…実は、イマイチだったのでした。うーん、最初に読んだ『赤い額縁』に基本的に似てて、この手のミステリは「すごい!」とは思えないんです。
 まあ結局、この人は『ブラッド』のようなハード・ホラーが一番実力を発揮できるようです(というのも偉そうな言いっぷりですが)。まあ、何度も言うようですが『ブラッド』はマジですごいので、一読されたし。
 つーことで、新春一発目ということでそれにふさわしい、おめでたいネタでいってみました。今年も宜しく。
 
《4年後のオレより追記》あけましておめでとうございます(笑)。しかし新年一発目から、何ちゅうネタじゃ。倉阪鬼一郎は今年になって、ミステリ・サイトの運営者と結婚されたようで。その後もいくつか読みましたが、やっぱり『ブラッド』にはかないません。いや、ホントすごいって。

# by zozozokei | 2006-05-15 22:35
2006年 05月 13日
2001年12月31日 わが家のメディア事情
 実家に帰ってきました。んで、ビックリ。インターネットに接続していたのは知ってましたが、光ケーブルなので速い! 東京で使っていた普通回線がイヤになるぐらいの快適さです。しかもつなぎ放題だから、通話料の心配ナシ。これ、このまま東京に持っていけないかしら。
 しかも、ケーブルTVがいつのまにか充実していて、CS、BSはもちろんBSデジタルまで見られるというからまたビックリ。一体、今このテレビで、何チャンネル見られるんだろうか?
 しかし、やっぱり充実すればいいってもんでもないですな。何しろチャンネルと番組がありすぎて、選ぶのが大変。一日中テレビの前にかじりついてるわけでもないから、時間配分も大変です。プロレスとか格闘技だけでもたくさんあるのに、その上、映画とかもチェックしたい、民放の普通の番組も…となると、それだけで忙殺されてしまいそうです。
 これって、ちゃんときっちり活用できてる人っているんだろうか? 以前、プロレス&格闘技専門のCSチャンネルができたときに、「いくら好きでも24時間は見ないだろ?」と思ったもんだが、いまや他のチャンネルでもその手の番組がたくさんあって、24時間見てても足りないぐらい。そもそもオレはテレビ番組とかをまめにチェックするほうではないし、ビデオに録画しても溜まってしまうぐらいだから、十中八九ムリだ。
 まあでも、時間があれば見てみたいと思う番組も多いし、仕事柄、チェックしといた方がいいものもある。要は心がけの問題でもあるんだろうけど。一番いいのは、オレに必要な番組を誰かが録画してくれて、それを昼のワイドショーを見る代わりに見る、ということなんだけど、誰かやってくれないでしょうか。
 つーことで、今年の更新はこれで最後です。来年もできる限りやっていきますので、よろしく。それでは皆さん、ホントによいお年を。
 
《5年後のオレより追記》そうか、5年前は従量制の一般回線だったのね。そりゃ大変だ。でも、ネット環境は充実したけど、テレビ事情はほとんど変わらず。ワイドショーを前ほど見なくなったぐらいですか(笑)。

# by zozozokei | 2006-05-13 14:36 | メディア
2006年 05月 10日
2001年12月29日 年末に思う
 悪夢のような腹痛から立ち直り、今日これから福岡に帰省します。最後の最後でエライ目に遭い、仕事の予定も大幅に狂ったりと散々でしたが、まあ長引かなかったので良しとしましょう。帰れなくなるのとか、あの状態で飛行機に乗ることとか考えたら最悪だもんなあ。ま、約1週間、家でゴロゴロしてきます(東京でもゴロゴロしてたけどさ)。
 さて、年末恒例、今年1年のまとめを書くことにしましょう。大学のとき、部活の誰でも何でも書くノートに、帰省の直前に必ず上記のタイトルで、毎年、1年の感想を書いていたものでした。そこでは毎年、最後に「いろいろあったが楽しい1年だった」と書いていたのですが、あれから8年、新しい世紀も迎えて、まさかまた同じ感想を書くことになろうとは思ってもみませんでした。
 つーか、まあ今年は丸坊主にしてみたり、会社員じゃなくなったりといつも以上にいろいろなことがあって、それで結局、いつも以上に楽しかったので何も言うことはありません。そんで、オレの楽しい1年に付き合ってくれた皆さん、どうもありがとうございました。来年も、また楽しくやりましょう。
 まあ、もちろん悪いことや反省点が何もなかったわけではありません。会社登記は結局タイマンこいてやらなかったし(年明け早々を予定)、働かないで遊んでいた日も多かったので、来年はもうちょっと働いて、もうちょっと稼がねばなりません。「もうちょっと」でいいのか?という疑問の声はさておき。
 でもまあ、今までがまるっきり「なりゆき」でやってきたように、それも「なりゆき」であります。今年、こんなこと始めるようになったのもなりゆきだし、また来年はなりゆきで全然別のことを始めているかもしれません。
 そう、なりゆきといえば、またまるっきりのなりゆきで、このたび記者デビューを果たしてしまいました。年明け、1月8日に発売される『格闘技通信』の中で、1ページですが試合リポートを担当しています。皆さん、お暇でしたら読んでみてください。
 この「試合リポート」というやつ、実は前から話はあったのですが、いろんな人に言っているようにオレは「文章を書きたい」、「ライターになりたい」わけではないので、特に積極的ではなかったのです。ですが今回はちょっとした「なりゆき」で、書くことになってしまいました。やっぱりやってみると、いろいろと難しいものです。そもそもオレは、自分の文章が好きじゃないしね。
 なので、今後も別に試合リポートをたくさんやりたいわけではありません。気分が変わればわかりませんが、とりあえずは「何かあったら」程度にしか考えていません。これを専業にしている人にも、悪いし。
 来年は、もちろん今年やってきたいろんなことの延長上で仕事をするわけですが、それ以外にも「気分」と「なりゆき」で、何をするかわかりません。そこがまた楽しいところだと思うし。まあ、他人に迷惑をかけなくて、最悪自分が野垂れ死にしなければいいわけですから、やることはいろいろあるでしょう。
 繰り返しになりますが、今年、このサイトにお付き合いいただいた皆さん、そして今年のオレの1年に付き合ってくださったたくさんの皆さん、ありがとうございました。そして、来年もよろしくお願いします。来年も、そろって楽しいとしになるよう、頑張りましょう。では、帰りま〜す!
(福岡にいる間は、更新できればしたいと思っています。どうなるかはわかりませんが、気が向いたら覗いてやってください)

《5年後のオレより追記》本格的なライター・デビュー前夜、って感じの時期です。ここで書いてることも本心だし、今やってるのも好きでやってるわけですが、変化しすぎかなあ(笑)。ま、「なりゆき」ですから。

# by zozozokei | 2006-05-10 21:59 | 日常
2006年 05月 10日
2001年12月27日 ダウン!
 今やってる仕事がかなり佳境に入っていて、おとといは泊まり込みで作業。で、そのままもう一泊して一気にカタをつけるつもりでいたのですが…昼頃から急激な腹痛に襲われ、今年初のダウン!
 周期的にキリキリと刺すような痛みが突き上げてきて、しばらくは耐えていたのですが、ついに我慢できなくなりました。周囲は「風邪じゃないの?」と言うのですが、風邪の症状はほとんどありません。
 おそらく、食あたりなのではないかと思っています。となると、何が原因か…という話になるのですが、考えられるのはコンビニのネギトロ巻き? それぐらいしか…。
 おかげで、日銭仕事は途中リタイアに追い込まれるし、佳境だった仕事も一気に崖っぷちです。ああ、予定が全部狂ったぁ〜!
 ま、昨日一晩ぐっすり寝て(腹が痛くて何度か起きたが)、だんだん良くなってはきました。まだ、ときどき痛くなりますが。ただ、怖くてメシが食えない! 食ったら、それを消化するときにまた痛んできそうで…。どうしようか、考えどころです。
 う〜、腹が…。

《5年後のオレより追記》こちらの方は何か飛び飛び更新になっていて申し訳ないです(読者少ないけど・笑)。ああ、こんなことあったなあ。でもこの一件以来、某コンビニのネギトロ巻きは一切食べてません。これ以後、ここまでの腹痛もないなあ。

# by zozozokei | 2006-05-10 00:14 | 日常
2006年 05月 08日
2001年12月24日 怪獣のいる世の中
 キッチリと土日休ませていただきましてスンマセン。いやあ、観戦やら忘年会やら観戦やらで…。でも、土日になるとアクセス増えるのよね。申し訳ないことです。
 さて、土曜日はかねてから楽しみにしていた映画を観に有楽町へ。もちろんハリー・ポッター…ではなく、「ゴジラ・モスラ・キングギドラ 怪獣総攻撃」。日劇東宝の巨大スクリーンを、前から4列目の席で堪能。やっぱ映画館は広いとこに限るよね。そして、作品の方も最高! 久しぶりに、映画を観てワクワク・ドキドキ・ハラハラしました。まあ、これを見てる人で行く人はいないと思うけど、面白い映画であることは保証します。つーか、オレ的には日本怪獣映画史上最高傑作ではないか、ぐらいに思ってるんだけど。ちなみに同時上映の「とっとこハム太郎」は、思ってたほどハムちゃんがかわいくなかったなあ。半分ぐらい寝ちゃったし。
 で、今日は映画を観ていて気づいたことをひとつ。それは、怪獣映画の中の時系列について。皆さん、怪獣映画なんか観ないでしょうから、ゴジラ・シリーズが時系列的にどうつながっているかなんて、知らないでしょ? これが、わりと変なことになっているのだ。
 その前にちょっと説明をしとくと、第1作「ゴジラ」の公開が昭和29年。もうすぐ50年ですな。で、70年代半ばの「メカゴジラの逆襲」まで断続的に製作されて、人気低迷でしばらく休止。80年代後半に沢口靖子主演の「ゴジラ」で復活し、97年の「ゴジラvsデストロイア」でゴジラが死んでまた休止。98年にはアメリカ版「GODZILLA」が作られて、99年には国内版が「ゴジラ・ミレニアム」で復活。そこから3本目が今回の作品と、大体こういう流れになっちょります。
 怪獣映画で何が大事かというと、怪獣の存在にいかにリアリティをもたせるか、ということ。なぜそんなのが現れたか?という説明が大事なわけ。で、1作目では核実験の影響で眠っていた太古の恐竜ゴジラがよみがえり…ということにした。2作目「ゴジラの逆襲」は1作目からつながっているので、「あのゴジラが!」という感じ。これは自然ですな。
 3作目以降はつながっておらず、時の流れは作品ごとに独立。だけど、国民はなぜかあの怪獣が出てくると「ゴジラだ!」と叫ぶことになる。よく、世間からツッコまれる点ですね。人気シリーズになっちゃって、そのへんをじっくり描かなくなったわけだ。ゴジラも、そのうち子供の味方になっちゃうし。
 問題は、怖いゴジラを復活させよう!と作られた沢口靖子ゴジラ。ここでのリアリティの根拠が第1作に置かれたことから、話がややこしくなる。要は、「昭和29年に日本を襲ったあの怪獣がまた!」というわけだ。いや、この時点ではそれで問題ないんだけど、そこから何作かは話がつながってくるので、色々矛盾が出てくる。全部説明するととても終わらないので省くが、後半はゴジラの子供なんかも出し始めてシッチャカメッチャカ。まあ、中途半端な脚本が続いたのが悪いのだが。
 アメリカ版の影響でゴジラを殺さなきゃいけなくなった「ゴジラvsデストロイア」では、第1作目でゴジラを殺した薬品のエピソードが突如復活。つーか、それが“あった”世の中なんだったら、もっと早くそれを作ってりゃよかったんじゃないか? まあこうやって、たまに苦しくなると第1作に戻るとこが笑える。
 そんな流れも超駄作「ゴジラ・ミレニアム」(映画館で頭を抱えた)でご破算になったのだが、今年の作品ではまた第1作から話がつながっていて、笑ってしまった。とにかく第1作だけは特別で、みんな困るとそこに行くところが、あまりにもわかりやすくて笑える。今回の劇中では、昭和29年に日本を襲ったゴジラと、1998年にアメリカを襲った「ゴジラに類似した生物」だけが認識されているらしい。
 防衛軍の兵士たちが、「あれってゴジラだったんだろ?」「アメリカではゴジラと名付けた。日本の学者はゴジラとは認めてない」という会話を交わすシーンが冒頭にあるのだが、要はこのセリフを入れたいためだけのシャレなわけだ。学者という部分は、そのまま実は「マニア」に置き換えられるというわけ。
 行き当たりばったりで次々に作るからこういうことになるわけだが、こういうところを楽しんでしまうのも怪獣映画マニアの悲しいところだったりするわけですよ。さあ、次はどうなるんだ?

《5年後のオレより追記》5年後のオレも、土日きっちり更新を休んでやんの(笑)。この後、ゴジラ・シリーズはメカゴジラもの2本を経て、“あの”「ゴジラ・ファイナル・ウォーズ」でまた休止を迎えるわけですが、このあたりもけっこうメチャクチャでした。そして、またしばらくしたら復活してきそうな気もするわけです。そうだ、今やってる「ガメラ」も見に行かないと。ちなみにこのときに書いたネタは、一昨年の暮れに、「ウラBUBKA」でしっかり原稿にさせてもらいましたとさ。

# by zozozokei | 2006-05-08 23:56 | 映画
2006年 05月 05日
2001年12月21日 都会に暮らして
 かねてより予告している新コンテンツ、着々と製作進行中です。材料もいいのが集まってきてます。もうしばらくお待ちください。
 さて、高校3年の時、「200字作文」という授業があった。某大学で必ず出される形式とかで、その対策用に毎回、決められた時間、決められたテーマで200字の作文を書き、次の回に先生が採点、添削するというものだった。オレは別にその大学は受けなかったが、なぜかその授業は受けていた。今考えるとなぜなんだろう?
 さて、その授業で書いたテーマで、ひとつだけ覚えているものがある。「時計を外して生きよう」とかいうものだ。要は、現代の都会人は時間に追いまくられて、ストレスを抱えながら生きている。だから時計を外して、時間という感覚を忘れて生きた方がいい、というものだった。それを読んで、思ったことを書くわけだ。
 なぜ、それだけ覚えているか。その回は、ひどい点だったからだ。毎回、だいたいそこそこは取れていたのだが(このへん自慢です)、そのときだけは先生が返却するときに「おまえ、こんなもん書いとっちゃ絶対いかんぞ」と強い調子で言われた。その印象が、強烈に残っているのだ。
 オレは何と書いたか?
 確かに時間に追われるのはストレスになる。だが、すでに世の中は、時計を外して時間の概念を忘れて生活できるようにはなっていない。むしろ今では、時計を外すことでの不安も大きいはずだ。だから自分は時計を外そうとは思わない。時計をしたままで、どうにかうまくやっていく道を見つければいいのではないか。
 大体こんなことを書いた。確かに、求められている答案の傾向とは180度異なる。それは、書いている時点からわかっていた。だが「時計を外そう」と言われて、「はいそうですね」なんて簡単に思うわけがない。オレは、思ったことを率直に書いた。
 そして、その結果が出た。ショックはなかった。「ああ、こうなったか」ぐらいのものだ。だが、そのときも、そして10年以上経った今でも、書いた内容に関しては怒られる筋合いは全くないと思っている。
 都会での生活、文明の中での暮らしは、「生き物」としての人間にあまりいい影響は及ぼさないだろう。自然にだって、地球にだって、いい影響はほとんどないはずだ。それはよく理解できる。
 しかしだからといって、すぐに後戻りはできない。たとえば夜の街のネオンが邪魔だと。じゃあすぐに、全部のネオンを消すことができるか? それによってお金を得ている人の生活はどうなる? そういうことだ。
 今のままでいいと言っているわけではない。いつなのかは知らないが、昔から脅されているとおり、いずれは食糧難も来るだろう。人口は爆発的に増加し、地球温暖化も環境破壊も進んでいる。それは何とかしなければならない。
 だがそのためには、今あるもの、今行われていることとキチンと折り合いをつけ、うまくいく道を探しながらやっていくしかない。ただ闇雲に「はい、おっしゃるとおりです。文明は悪です。一刻も早くかなぐり捨てましょう」なんて優等生的に言ってても、どうにもならないのだ。

《5年後のオレより追記》えーと、こちらのブログは、テキストで保存してあった過去の日記を、更新のたびに開いて読み返すワケなんですが、正直、ビビりました。だって、これとおなじこと書いてるんだもん(苦笑)。まあ、よっぽど納得いかないってことなんでしょうな。でも、細部とか結論とかはけっこう違ってたりして、これが5年という時間かと(成長ではなさそうな…)。お暇でしたら、読み比べてみて下さい。

# by zozozokei | 2006-05-05 05:55 | 日常


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